札幌雪まつりの歴史や起源!動員数が右肩上がりでパンク寸前?

歴史や起源

札幌雪祭りは毎年ニュースで取り上げられ
ますが、実はかなり長い歴史や起源を持っ
ている伝統行事なんです。

札幌は雪国であり、雪が特産であることから、
昔から数多くの雪にまつわる祭りが開かれて
きました。

そんな札幌雪まつりの歴史や雪像の起源を
シェアしていきます。

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札幌雪まつりの歴史と雪像の関係

第二次世界大戦の最中、とてもお祭り
を開ける状況になく、物資不足もなくなり、
次第に雪まつりは廃止していきました。

雪像の起源は1935年に小樽市北手宮尋常
小学校が学校行事の一環で始めたのが最初と
言われています。

最初の雪まつりでは地元の中学生や高校生が
美術の先生の指導の下計6体の雪像を作りまし
た。

また他にも仮装やスクエアダンスなども当時
は行われいましたが、滑って転倒して怪我人
が続出したりして中止になりました。

それでも翌年も大盛況で開催しました。
ただ、当時雪像と言っても今と比べると
明らかに小さい物ばかりです。

学生が作っているので、安全面が不十分で
あったり、なによりも雪像づくりに必要な
膨大な雪を調達することができなかったから
です。

札幌雪まつりは2018年も開催されます。 そんな札幌雪まつりではボランティアや 自衛隊の方等が大雪像を作成されます。 ...

そんな状況が続きましたが、第4回の
札幌雪祭りで札幌伏見高等学校が
全長15メートルの大雪像を制作しました。

これには市がトラックやブルドーザーなどの
大型機械を用いて雪を用意しました。
これが今の札幌雪まつりの発端です。

最初のうちはそこまでではありませんでした
が、次第に地元を巻き込んでいくようになり
ました。

札幌市も経済効果の観点から、次第に軽視で
きなくなってきたのです。

その後も札幌雪まつりは開催されましたが、
今と比べると全国的に有名な一大イベント
ではありませんでした。

札幌雪まつりが世界的デビュ―

ではなぜ札幌雪まつりがこれほどまでに人気
のイベントとなったのでしょうか?

1972年札幌ではとある世界的なイベントが
開催されたが事が原因です。
それは1972年札幌オリンピックです。

日本及びアジア圏では初めてのオリンピック
であり、全世界が注目していました。

その時に行われた雪まつりによって、全世界
に知られるきっかけとなったのです。

それにより動員数の増加や高い経済効果など
急成長した札幌雪まつりえしたが、2年後の
1974年に札幌雪まつりの危機とも呼べる事件
が起きてしまうのです。

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札幌雪まつり廃止の危機

札幌雪まつりが廃止の危機になった事件は
オイルショックです。

石油の原価上昇に伴い、日本全国で
トイレットペーパーなどが手に入りにくい
状況になった事件は覚えている方も多いで
しょう。

実際に死者もでた騒動に発展することも
あったので、歴史の教科書などでも教えら
れる誰もが知っている事件と言えます。

このオイルショックの影響は雪まつりにも
及んだのです。

雪まつりでは大量の雪を使う為、離れた
場所から持ってこないといけません。

しかし原油価格上昇に伴い、輸送のための
トラックや重機を動かすのに莫大な予算が
必要になります。

前年と同様の雪を集めるのが不可能と
なってしまったのです。

雪まつりなのに雪が無いと何もできません。

一時は札幌雪まつりの中止もあやぶられま
したが、雪像の中にドラム缶を詰めること
で雪の量を劇的に減らすことが出来たので
す。

それにより何とか札幌雪まつり廃止の危機
を乗り越えることが出来たのです。

札幌雪まつりの経営戦略

廃止の危機を乗り越えた後は、ミュンヘン、
シドニー、ポートランドなど、札幌と
昔から深い関わり合いの持っている国の
歴史的建造物などの雪像を制作しました。

これにより日本だけでなく海外からの
旅行客も呼び込む戦力に打って出たので
す。

1983年には現在札幌駅のすぐそばで好立地
のすすのき会場が開かれ、
大通会場・真駒内駐屯地に続き3つ目であり、
制作の場はさらに広がりを見せ始めたので
す。

翌年には開催期間が5から7日にまで延びま
した。

約一週間と長い期間続く札幌雪まつりですが、 会場となる大通会場・つどーむ会場・ すすのき会場の3つには、それぞれテーマが 決ま...

会場も中島公園や荒井山会場などが開かれ
ましたが、交通渋滞や駐車所不足などの
問題から廃止せざるを得なくなりました。

それでも人気であることに変わりわなく、
動員数も最初のうちは2000人程度と
少なかったのですが、第61回(平成22年)
には過去最高の243万3千人もの動員数を
はじき出しました。

外国からの参加者も年々増加しており、
この頃には数十万人以上もの参加が
見られています。

札幌雪まつりで事故発生

2005年には真駒内駐屯地が2001年のテロ
対策特別措置法の施行により、自衛隊の
協力を得ることが出来にくい状況です。

駐屯地での雪像は2005年を持って終了と
なりました。

2009年には第2の会場として札幌市民が
利用していたスポーツ交流施設、
コミュニティドーム名称つどーむが
選ばれました。

大通会場が雪像を眺めて楽しむ会場なの
に対して、つどーむのコンセプトは氷と
触れ合える参加型と言うこれまでの
札幌雪まつりでは考えれなかった新たな
試みとしてスタートしました。

氷像に間近で見て触れて楽しむことが
出来ると人気です。

2012年には札幌雪まつり初めての事故が
起きてしまいます。

「初音ミク」というキャラクターの
小雪像が倒壊し、女性に直撃して軽傷を
負ってしまいます。

2018年第69回札幌雪まつりでは3つの会場ごと に様々なテーマが決められており、それに 沿ったイベントなどが行われています。 ...

雪像のバランスが悪かったことや、
その日の気温が高かったことなどが
重なり、事故が起きてしまいました。

それまで雪像制作に関して明確なルール
が定められていませんでしたが、
今後さらに動員数が増加するのが予想
される中で、再発防止は早急に行わなけ
ればならない状況に追い込まれます。

重大な事案であった為、
「市民雪像ガイドライン」を制定し
厳しいルールを定めました。

その後は今日まで事故等は無く安全に
行われています。

昨年度の動員数は264万3千人という最高
の動員数でした。

長い歴史の中で市民が協力して
札幌雪まつりをここまで大きく育てて
来られたのです。

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